<< December 2018 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>

身近な自然観察の記録「植田街の自然探し」

JUGEMテーマ:地域/ローカル


取り上げるのが遅くなってしまいましたが、世話人が東山植物園の探鳥会のリーダーを務めていた頃からの昔馴染みで(と言って、お年はずっとお若いので誤解のないように)、掲示板や当ブログにもちょくちょく書き込みをして頂いているウリカエデさんが、こつこつ続けてみえた身の周りの自然観察の記録を一冊の冊子にまとめられました。

題して「植田街の自然探し」

7月のセンサスの際に、やなぎさんが取り寄せたうちの1冊を回してもらったんで(売上アップに貢献できなくて申し訳ない)ずっと机の見える場所には置いてあったんですが、ようやくちゃんと中味を拝見する事ができました。

生来ずぼらで、近所で何かあっても掲示板に書き込んで、後は「やなぎさん、お願い」みたいな世話人とは違い、ひとりでこつこつ記録を積み重ねるだけでもたいしたもんですが、ちゃんと冊子にまとめるのはそれこそ大変で、ほんと、「へへ〜っ」とひれ伏して仰ぎ見る他ない、って感じ。

ウリカエデさんは豊橋周辺が縄張りで、名古屋周辺を生息域とする世話人とは微妙に気候や植生などが異なりますが、登場する外来植物の種類など、やはりその辺りを反映して微妙に異なる点もあれば、逆に意外に「似たような感じ」っていう部分などがあって、この辺りは、やはりローカルな記録ならでは、といったところ。

大規模な全国調査を行わないと見えてこない事も当然たくさんありますが、逆にこういった地域に貼りついた個人記録のようなものを繋ぎ合せて初めて見える部分もあるので、愛知県や名古屋市でそうしたデータを集積してみんなで共有できるような施設あるいは組織が欲しいと長年願っているんですが、名古屋市でようやく新設される「生物多様性センター」とやらはどうなんでしょうか。とりあえず、お手並み拝見、といった感じですか、今のところは。

またまた脱線しかかりましたが、鳥、植物、昆虫等幅広く生き物全般が取り上げられていて、味わいのあるペン画も散りばめられていたりするんで、興味のある方はとりあえずご本人のブログ http://62753154.at.webry.info/201107/article_2.html を覗いて頂くと注文方法等が書いてあります。

当方の「名古屋市平和公園の鳥類2」の方も、まだけっこう在庫、ありますんで、そちらもよろしく。


名古屋市平和公園鳥類生息調査、世話人より
census * 書籍紹介 * 18:45 * comments(2) * trackbacks(0) * pookmark

ヒッチコックに進路を取れ

重度のニコチン中毒とコーヒー中毒はつとに知られるところですが、実は、音楽中毒もかなり重症で、自宅にいるときや運転中などは、常時何かしら音がなっている(現在は、つい先日レンタルで届いたばかりの「長谷川きよし」が鳴ってる)のが普通だったりします。(一応、多少はTPOも考えてはいて、ややこしいデータのチェックの際や、ややこしい専門書を読むときは、もっぱらクラシックやモダンジャズなどのインストゥルメンタル専門)

これに、もうひとつ加わるのが、活字中毒。

現在、我が家では、朝日新聞と中日スポーツを取ってますが、毎朝、到着を待って、朝食等を挟みながら延々と両紙をなめるように読み、いつまでたっても腰を上げないため、始終配偶者のあきれたような視線を浴びている。

活字中毒者の常で、読む時間があるかないかも考えず次々本を買い込んでくるのも悪い癖。

時には、読めないままに買ったことも忘れて同じ本をまた買ってしまい、家に着いてから気づくなんてことも。

同じ雑誌を2度買ってしまい、幼い頃からの刷り込みの成果かしばしばおやじと似たような嗜好を示す息子まで、間が悪く同じ雑誌を購入、全く同じ本が3冊並んだときは、タダでさえ溢れかえる本に辟易している配偶者の怒りも流石にすさまじいものがありました。

先日も、たまたま新聞の書評欄に、「ヒッチコックに進路を取れ」の書名を見つけ、何度かの波状攻撃で買い込んだ本が溜まりに溜まっているタイミングだったにも関わらず、無理にでかける用事を作って本屋に走り、買ってきちゃいました。

和田誠さんは、シャレた似顔絵とともに映画の決めゼリフを紹介した「お楽しみはこれからだ―映画の名セリフ」のシリーズで、ビリー・ワイルダーを崇拝するヒッチおたくという性癖が自分とぴったりはまっている方だということが分かり、同シリーズを愛読していたのですが、そこへ、もう一人、同好の士と思われる映画評論家の山田宏一さんが加わって、お互いの博識をぶつけ合って古今東西の映画を語りまくった「たかが映画じゃないか」という本が出て、話題の豊富さもさることながら、語り口が、評論というよりも、「おたくどうしが(失礼な表現で、両氏には申し訳ありませんが)好きな映画の話で盛り上がっている」といった感じで、そこへ更に和田さんのイラストが要所要所に配されているんですから、映画好きには何ともこたえられない一冊。(後年、この本が引き金になって四千いくらとお安くないお値段の「定本映画術 ヒッチコック/トリュフォー」まで買ってしまったのだっ!)

この「たかが映画じゃないか」が出たのが、奥付を確認すると1978年で、「ヒッチコックに進路を取れ」は、新たにヒッチに的を絞った、31年ぶりの続編なのです。

世話人の高校入学は、大阪万博のあった1970年。

今は、すっかり映画館の数も少なくなってしまいましたが、当時、例えば今池の交差点にある今池ビルだけでも、1、2階と地下1階それぞれに映画館があり、多少記憶違いがあるかもしれませんが、1階はセミロードショウ(ようするに2番館。封切り専門館で上映が打ち切りになったばかりの映画をもっぱら上映するところ)、2階はいわゆる名画座(こんな言葉も今では死語に近いんでしょうか)。

地下1階は、100均で、古い洋画を4日間サイクルで上映してた。

スクリーンは多少しょぼかったものの、小遣いの限られる高校生には超ありがたい映画館で、一本立てで同時上映がないのも、気に入るともう一度最初から見たりすることが多かったので、かえって好都合だった。(娯楽ものが中心でしたが、イングマール・ベルイマンの「処女の泉 [DVD]」だとか、カザンの「欲望という名の電車 オリジナル・ディレクターズカット [DVD]」なんていう、渋めの作品もやってた)

当時、音楽の方もツェッペリンがデビュー、ウッドストックの映画が日本でも上映されるなど熱い時期だったので、今池ビルの3館をグルグル回りながら、時折大久手方面にあるロック喫茶(一杯何百円かのコーラで、ロックの生演奏を聴くことができた)を覗く、といった具合で、これだけでもかなり忙しい高校生活。

その上に、学校では、美術部で早朝や昼休みまで木炭デッサンに励んだり、授業中まで翻訳小説をむさぼり読んだり、家へ帰れば、合間合間に近所の喫茶店のバイトで小遣い稼ぎをしたりと、とても勉強まで手の回るような状態ではありませんでした。

おかげで、ギリギリで単位を落とさない技は磨きがかかり、究極の一夜漬け技術に「山かけの帝王」という名誉な?称号を頂いたりもしました。(くれぐれも良い子の皆さんはマネしないようにしましょうね)

これほど映画や音楽にどっぷりハマっていた当時は、よもや、後年、オシドリの写真を撮ろうとして猫ヶ洞池のぬかるみにハマるようになるとは予想だにしなかったのですが、まあ、熱中しだすと歯止めがきかない、という点では、それほど変わりがないような気も。(大学1年当時からずっと身近でうろちょろしてきた配偶者は、未だに時折「ほんと、あんたの人生、分からんわ」とあきれたように首を振っていますが)

映画も、いつからかCGが主役かのような作品が多くなって、映画館自体からは足が遠のいて久しいのですが(だいたい、身近に映画館自体がないっ!)、去年の途中から、我が家でもネットで申し込むと郵送でレンタルのCDやDVDが届くようになったので、ご近所のレンタル屋さんにはあまり置いてないようなマニアックな内容のものを中心に、再び見るようになってきたところ。

そういう意味でも、表題の「ヒッチコックに進路を取れ」は、ばっちりのタイミングだったんですネエ。

それにしても、先に目を通しとかないといけない資料なんかがたくさん溜まっているのに、つい、時間があると、こういう本に手が出ちゃうところも、学生時代からあまり変わってないような。


名古屋市平和公園鳥類生息調査、世話人より
census * 書籍紹介 * 15:54 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

「名古屋市平和公園の鳥類2」

センサスグループとしては3冊目の本、「名古屋市平和公園の鳥類2」がようやく発刊にこぎつけました。毎月第3日曜日、名古屋市平和公園で行っている鳥類生息調査の、1987年4月から2007年3月まで、20年分の記録をまとめたものです。

picture「名古屋市平和公園の鳥類2」

以前出した「名古屋市平和公園の鳥類」では、同じく1987年4月から5年分の調査結果をまとめてありますので、何ともまあゆったりペースの歩みではあります。

はたして次はあるのかどうか。もし、あるとしたら、毎年着実にメンバーの平均年齢が上がってきていますので、それまでちゃんと生き残っていられるかどうか、といったといったレベルの話になっちゃいますが。

内容見本はこちらから→【サンプルページ】

今回は、観察記録の残る月の升目に観察個体数に応じて濃淡を付けたので、大ざっぱにでも種ごとの20年間の増減が分かるようになりました。

実際20ン年調査を行ってきた身としては、ライブで各種の盛衰を目にしてきたわけですが、それでも、こうして一つの表にまとまってみると、感覚的に感じていた印象と調査結果にずれがあったり、見落としていた点に気づいたり、といったところがあるのが、当事者としても面白かったです。

入手ご希望の方は、HP「名古屋市平和公園の鳥達/センサスグループの本」で確認の上「お問合せ」よりメールにてご連絡下さい。

20年間の各鳥種の栄枯盛衰は、平和公園自体の環境の変化に起因すると思われるものもありますが、世界的に減少が問題視されている種、近頃顕著な気候変動の影響、鳥種自体の生態の変化等々、様々な背景があり、中には今後の推移によっては、単に一時的な変化に終わってしまいそうなものもあり、単純に断定はできませんが、生態系の上位に位置する鳥達の消長はその地の生態系の豊かさを測る指標となります。

平和公園でも、せっかく都市の中に残された豊かな生態系をよりよい形で次の世代に残そうと、森づくりの活動を進めている最中ですが、似たような環境で「里山再生」に取り組む方にも基礎資料として参考にして頂ける形でまとまったと思いますので、我がグループの製作費回収のためにも(笑)、一度手にとってご覧になることをお勧めします。

先の新型インフルの騒ぎで「客観的なデータや科学的な根拠に基づいて行動することが苦手」といった国外の評価(うろ覚えなので正確ではないかもしれませんが)が新聞で紹介されているのを読みましたが、マスクの売切れ騒ぎや、実効性よりパフォーマンスを狙ったような水際作戦を見る限り、悔しいけど認めざるを得ない部分があります。

当り前のように信じ込んでいたことが、データとしてまとめてみると、実際にはずいぶん違っていたりすることも少なくありません。

反対にデータをもとにしていても必ずしも客観的な事実とは限らず、都合の悪い部分を削ってうまくごまかされているような例も、政治の世界などではよくあるお話。

世話人も、自分達の調査に限らず、けっこう長々とあちらこちらで鳥の調査に関わらせて頂いてきましたが、年数かけてデータを積み上げていくような作業に興味を持つ若い方が少ないのが気になります。

いろいろ社会的要因もあるでしょうが、だらだら年数だけ過ごして、きちんと活用できていない私達も責任の一端は感じないといけないのかもしれません。

温暖化に象徴されるように、これまで環境の変化にそれほど関心を持っていなかった向きも、日常会話で話題にするほど、動きが急になってきたことでもあり、「今日、鳥の世界に起こっていることが、明日は人間に降りかかってくる」という言葉が現実味を帯びてきました。

これまでのツケを払わされそうな世代の中からも、一過性のイベントではなく、地道にデータを積み上げるような作業に興味を持ってくれる方が、もう少し出てきてくれないと、困るんですが。

最後は、オジサンの愚痴になっちゃいましたネエ。


名古屋市平和公園鳥類生息調査、世話人より
census * 書籍紹介 * 16:01 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

宮脇 昭さん いのちを守るドングリの森

たまたまネットで調べものをしていたら、意外なサイトに植物生態学者の宮脇昭(みやわき・あきら)さんへのインタビューが採り上げられているのを見つけました。インタビューの内容もですが、ビジネスサイトとのとりあわせもちょっと面白いと思ったので、ご紹介します。

宮脇さんは、77歳になる現在も平気で木登りをしているような筋金入りの"森の人"。

潜在自然植生」という考え方を日本へ初めて持ち込み、まだ高度経済成長真っ盛り、森を切り倒すことが美徳のような世相の'70年代早々から、「潜在自然植生」に沿った森づくりに取り組んできました。

潜在自然植生」というのは「人間の干渉を完全に排除したと仮定したときに、現在の自然環境が支えうる自然の緑、森」。宮脇さんは「現場をよく調べれば、必ず、その土地その土地に本来育っているべき樹木が見いだせ」ると考え、「その潜在自然植生の主木群を植えることによって強い森を再生しよう」と、まだ環境保護という発想自体がなかった時代から活動を続けてみえました。

このようなビジネスサイトに宮脇さんが登場しているということは、日本の森(環境)が、ご本人の奮闘にも関わらずピンチを迎えているということで、それを考えればいささか皮肉な話ではありますが。

宮脇さんの著書「いのちを守るドングリの森 (集英社新書)」には、「潜在自然植生」に沿った森作りが、苗木づくりから植樹、植樹後のメンテにいたるまでの具体的な進め方から、植えた木々が森として育っていく過程までが実例を挙げて紹介されています。

自然保護=人為的な影響の排除、と短絡的に考える向きもありますすが、人工林が人手を介さずに極相林(植生の遷移が進んで平衡状態に達した樹林)まで行き着くには150〜200年という気の遠くなるような歳月が必要だと言われています。人工林を良好な環境に保つには、基本的に常に人間の手による整備が欠かせません。日本人にとって身近な存在の里山も、そこを生活の場として暮らす方達が営々と生産活動に適した環境を維持してきたものです。

潜在自然植生」を考えた植林を行えば、植えた苗木がある程度の大きさに育つまで草刈を行う必要はありますが、その後は人の手で手入れを行う必要がありません。里山を維持してきたシステムがライフスタイルの変化によって失われてしまった現在、経済的な面でもこうした森づくりが必要とされていることが、宮脇さんの本を読むと分かってきます。

「1.5〜2メートル程度の幅しかない限られた敷地」でもちゃんと生態系のバランスが保たれた樹林ができあがる、といったお話は、実践的な体験に基づいたものだけに説得力があります。

環境考古学者の安田喜憲さんは、その著書の中で、ヨーロッパと日本の環境を比較、「山に行けば森がある」という日本人なら誰でも普通に思っていることが、実は世界的に見るとかなり特殊な状況であることを採り上げ、日本文明は「森の文明」であると説かれています。

宮崎駿監督の「もののけ姫」を最初に見たとき、奥州のブナ林や屋久島に代表されるような照葉樹林の、それぞれの雰囲気が、背景できちんと描き分けられているのを見て、映画としての内容以前に嬉しくなってしまいました。これもこの監督自身が「森の国」としての日本を十分意識して映画を作られた証のように感じられました。

豊かな森は、川を通して豊かな海へも繋がります。欧米人が日本食=魚食というイメージを持つほど海の幸を供給してくれた豊穣の海も、多くの川がダムや堰に分断されたことによって、段々やせ細ってきています。

おりしも、今日のニュースによれば、「森林世論調査」で、「地球温暖化防止に貢献する働き」を森林に期待する人の割合が54.2%に上り、「森林整備の費用負担」を「国民全体で負担する」と考える人が54.1%いたという結果が出たそうです。

豊かな森があまりに身近すぎてヨーロッパなどに比べて自然保護の思想の広がりが遅れているとも言われてきた日本ですが、こういた報道を見るとようやく認識は広がってきているように思われます。当然、背景には、誰もが危機を感じるほど自然が蝕まれてきていることがあり、宮脇さん達のような先人の知恵をどう伝えていけばいいのか、今一度考える必要がありそうです。

ちょっと、このところ格調高くいけてるかな?

ブッチャけた話、「潜在自然植生」で考えると、ここいらは照葉樹の林になってしまいますが、こういった林は雰囲気がちょっと重く、個人的な趣味からいうと、コナラ、アベマキ等の陽樹を中心にした林の方が好きなんですが。「生物多様性の観点からは、人工的な二次林の方が望ましい」なんて説を唱える学者もいるように、何とかこれまで親しまれてきた里山の環境が維持できるような新しいシステムを行政と一般市民が協力し合って造り出せるとりそうなんですがね。

さて、我が平和公園もこの先どうなりますか。何て他人任せ見たいに考えていてはだめですね。残り少ない知恵を頑張って絞り出しましょう。

名古屋市平和公園鳥類生息調査、世話人より
census * 書籍紹介 * 16:33 * comments(2) * trackbacks(0) * pookmark

C・ポンティング「緑の世界史」

C・ポンティングの緑の世界史 (朝日選書)は、上下2巻のかなり長い本ですが、メソポタミアの昔から現代に近い時代までの人間の営みを、環境との関わりを視点として歴史に沿って辿っており、内容的には地味かもしれませんが、かなりショッキングなエピソードがいくつも出てきます。

万博で話題を呼んだマンモスも、環境の変化に適応できずにだんだん存続にかげりが出てきたところに人間の狩猟圧が止めを刺したとして、人間の影響で絶滅した最初の種として取り上げられています。

著者の推論もかなり入っていると思われる部分もあり、「マジかよッ!」と声の上がりそうなお話も出てきますが、発掘された植物の種子の化石から判ってきた当時の環境の変化によって文明の盛衰を解き明かしていく語り口は歴史の見方を変えてくれるところがあります。

冒頭、イースター島のモアイ像が取り上げられていて、ここ部分だけでも読み応えのある内容になっています。

五世紀頃に海を渡ってイースター島に辿りついたポリネシアン達は、労せずして食料を手に入れることができる恵まれた環境の中で高度な社会構造を持った文明社会を作り上げていたそうです。

生活のための労力がほとんど要らないため、彼らの情熱の大半は祭祀に注がれ、部族の力を誇示するために競って巨大な石造(モアイ像)を建造しました。


続きを読む >>
census * 書籍紹介 * 20:39 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark
このページの先頭へ